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女性の意思決定権が森林管理と気候変動レジリエンスにもたらす恩恵:国際的な視点と政策的示唆

Tags: ジェンダー平等, 森林管理, 気候変動適応, 意思決定権, 土地・資源の権利

はじめに:森林、女性、そして意思決定の重要性

森林は地球上の生態系サービスを支え、気候変動の緩和と適応において極めて重要な役割を担っています。しかし、世界中で進行する森林破壊と気候変動は、特に開発途上国の地域社会、とりわけ女性に対して複合的かつ深刻な影響を及ぼしています。女性はしばしば、食料、水、燃料、医薬品など、日常的に森林資源に大きく依存していますが、森林に関する意思決定プロセスからは歴史的に排除されてきました。

本稿では、森林管理における女性の意思決定権の強化が、持続可能な森林保全、気候変動適応、そして地域社会のレジリエンス構築にいかに不可欠であるかを、国際的な視点と具体的な政策的示唆を交えて分析します。ジェンダー平等を推進することは、単なる社会正義の追求に留まらず、環境課題への効果的な対応を実現するための戦略的なアプローチであることを提示いたします。

森林管理における女性の現状と課題

世界の森林地域では、女性が労働力として、また知識の担い手として重要な役割を果たしています。国際連合食糧農業機関(FAO)の報告書などによれば、多くの地域で薪の収集、非木材林産物(NWFP)の採取、小規模な農業など、森林に直接関連する活動に従事する女性の割合は非常に高い状況です。しかし、これらの活動が地域の生計を支える上で不可欠であるにもかかわらず、女性は土地の所有権、資源へのアクセス権、そして意思決定の場において、依然として構造的な不平等を経験しています。

1. 法的・慣習的な障壁

多くの国や地域において、女性は土地や森林資源に関する法的または慣習的な所有権を持たないことが一般的です。これにより、女性は資源への安定したアクセスを確保できず、投資や保全活動への参加意欲が低下する傾向にあります。また、資源の紛争が生じた際に、法的保護を受けにくい立場に置かれます。

2. 意思決定プロセスからの排除

地域レベルの森林管理委員会、国家レベルの政策立案機関、あるいは国際的な交渉の場においても、女性の代表性は依然として低い水準にあります。例えば、国際林業研究センター(CIFOR)などの研究機関の分析によると、多くの国の森林セクターにおける高位の意思決定職において、女性が占める割合は著しく低いことが示されています。これにより、女性特有のニーズや知識が政策や計画に反映されにくくなっています。

女性の意思決定権強化がもたらす恩恵

森林管理における女性の意思決定権の強化は、多岐にわたる恩恵をもたらし、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも貢献します。

1. 持続可能な森林管理の向上

女性は地域コミュニティの資源利用パターンに関する深い知識を有していることが多く、この知識は持続可能な森林管理の実践に不可欠です。女性が意思決定プロセスに参加することで、短期的な利益追求に偏りがちな男性中心のアプローチに対し、生態系の健全性や長期的な資源保全を重視する視点が導入される傾向があります。例えば、生物多様性の保全、非木材林産物の持続可能な採取、森林再生プロジェクトの設計において、女性の意見が取り入れられることで、より包括的かつ効果的な管理計画が策定されることが期待されます。

2. 気候変動適応と緩和の強化

女性は気候変動の影響を最も強く受けるグループの一つですが、同時に気候変動への適応と緩和策において重要な役割を担う潜在力を持っています。女性が意思決定権を持つことで、地域に根差した適応策(例:干ばつに強い作物の導入、水資源管理の改善)や、持続可能なエネルギー源への移行(例:効率的な調理用コンロの普及、小規模な太陽光発電の導入)がより効果的に推進される可能性があります。国連環境計画(UNEP)の報告書では、ジェンダーに配慮した気候変動適応策が、全体的な効果を高めることが示唆されています。

3. 地域社会のレジリエンス向上

森林破壊は、地域住民の食料安全保障、水へのアクセス、そして生計手段に直接的な影響を与えます。女性が森林管理の意思決定に参加することは、これらの課題に対する地域社会のレジリエンスを高める上で有効です。例えば、森林からの食料源や医薬品の確保に関する女性の知識は、食料不足や健康危機に対するコミュニティの対応能力を強化します。また、森林資源を通じた所得創出活動において女性が主導権を握ることで、家計の安定化と地域経済の活性化が図られ、紛争のリスク低減にも寄与する可能性が指摘されています。

国際的な枠組みと法的根拠

森林管理における女性の意思決定権の重要性は、国際社会の主要な政策枠組みや条約においても認識されています。

1. 持続可能な開発目標(SDGs)

SDGsは、ジェンダー平等(目標5)、気候変動対策(目標13)、陸の生態系(目標15)など、森林と女性の権利に関連する複数の目標を掲げています。特にSDG 5.aは、女性が土地やその他の形態の財産に対する経済的資源への平等な権利を持つことを求めており、これは森林資源の権利と密接に関連しています。

2. 気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)

UNFCCC、特にパリ協定の下で採択された「ジェンダー行動計画(Gender Action Plan: GAP)」は、気候変動政策におけるジェンダー主流化の重要性を強調しています。これには、気候変動関連の意思決定プロセスにおける女性の完全で平等な、有意義な参加を促進することが含まれており、森林関連の緩和・適応策にも適用されます。

3. 生物多様性条約(CBD)

CBDの締約国会議は、ジェンダーと生物多様性に関する意思決定を採択し、生物多様性保全における女性の役割を認識しています。地域コミュニティ、特に先住民族の女性の伝統的な知識や慣習が、生物多様性の維持に貢献することが明記されています。

4. 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)

CEDAW第14条は、農村女性の特定のニーズと権利を認識し、彼女たちが土地や資源の配分、そして開発計画の策定・実施に参加する権利を保障することを締約国に求めています。これは、森林資源への平等なアクセスと意思決定権の確保に対する法的根拠となります。

具体的なケーススタディ:ネパールとルワンダの経験

女性の意思決定権強化がもたらす恩恵は、具体的な事例を通じて明確に示されています。

1. ネパールのコミュニティ森林管理(CFM)

ネパールは、コミュニティ森林管理(CFM)において女性の参加を促進し、顕著な成果を上げてきた国の1つです。コミュニティ森林ユーザーグループ(CFUGs)は、森林の管理計画の策定、資源の配分、収益の利用に関して意思決定権を持っています。初期段階では男性が中心でしたが、政府やNGOの支援により女性の参加が義務付けられ、リーダーシップの育成が行われました。結果として、女性がCFUGsの委員会やリーダーシップの役割を担うことで、森林の質が改善され、貧困削減、教育機会の向上、そして家庭内での女性の地位向上につながったことが複数の研究で報告されています。女性が決定権を持つことで、薪の供給が安定し、女性が遠くまで薪を取りに行く負担が軽減されるといった具体的なメリットも生まれています。

2. ルワンダの土地登録と女性の権利

ルワンダは、2005年の土地法改正により、土地の共同所有を奨励し、女性が土地を相続する権利を明確に保障しました。これは、森林資源を含む土地への女性のアクセスと管理能力を大きく向上させました。これにより、女性が自身の土地に植林し、森林資源を管理・保護するインセンティブが強化されました。土地所有権が保障された女性は、農林業への投資意欲が高まり、食料安全保障の向上と気候変動適応策の実施に貢献していることが示唆されています。

政策提言と実践的なアプローチ

森林管理における女性の意思決定権を強化するためには、多層的なアプローチが必要です。

  1. 法的・制度的改革の推進: 女性の土地所有権、利用権、そして継承権を保障するための国内法および慣習法の改革が不可欠です。これにより、女性が森林資源へ安定的にアクセスし、管理・保護する法的基盤が確立されます。
  2. 意思決定機関における女性の代表性向上: 森林管理委員会、地域開発評議会、国家政策立案機関など、あらゆるレベルの意思決定機関において、クオータ制の導入や女性の能力開発プログラムを通じて、女性の参加とリーダーシップを積極的に推進すべきです。
  3. ジェンダーに配慮した参加型アプローチの導入: 森林計画、実施、モニタリングの全段階において、女性が有意義に参加できるようなメカニズムを確立します。これには、会議の時間や場所の配慮、子育て支援、情報提供の改善などが含まれます。
  4. 教育と意識向上: 地域社会におけるジェンダー規範を変革するため、女性の権利と森林保全におけるその役割に関する教育プログラムを展開します。男性の参加も促し、ジェンダー平等の重要性への理解を深めることが重要です。
  5. データ収集と分析の強化: ジェンダーに特化したデータ(性別分断データ)の収集と分析を強化し、政策立案の根拠とします。これにより、女性が直面する具体的な課題を特定し、効果的な介入策を設計することが可能となります。
  6. 資金提供メカニズムのジェンダー主流化: 気候変動資金や開発援助のメカニズムにおいて、ジェンダー分析を義務付け、女性が主導する森林関連プロジェクトへの資金提供を優先するなどの措置を講じます。

まとめと展望

森林管理における女性の意思決定権の強化は、単なる倫理的な要請に留まらず、持続可能な森林保全、気候変動適応、そして地域社会のレジリエンス構築を実現するための戦略的な imperative(必須要件)です。女性が知識と経験を活かして意思決定プロセスに積極的に参加することで、より包括的で効果的な解決策が生まれることが国際的な事例から明らかになっています。

この重要な課題に取り組むことは、ジェンダー平等の促進(SDG 5)だけでなく、飢餓の撲滅(SDG 2)、貧困の根絶(SDG 1)、清潔な水と衛生(SDG 6)、気候変動対策(SDG 13)、陸の生態系保全(SDG 15)など、他の多くのSDGsの達成にも多大な貢献をもたらします。私たちは、女性の声を尊重し、彼女たちのエンパワーメントを支援することで、すべての人々にとってより公正で持続可能な未来を築くことができるでしょう。